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東京高等裁判所 昭和60年(う)399号 判決 1987年1月29日

団体役員

甲野一郎

右の者に対する恐喝被告事件について、昭和五九年一一月五日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決をする。

主文

本件控訴を棄却する。

当審における控訴費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人水嶋晃、同藍谷邦雄、同吉田健が連名で提出した控訴趣意書(控訴趣意書誤記訂正書共)に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、検察官青野眞治の提出した検察官土本武司作成の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は事実誤認をいうもので、要するに、被告人には日立セメント株式会社から金員を喝取する意思はなかったのに、原判決が被告人につき他の二名と共謀して金一三〇〇万円の恐喝に及んだ旨認定したのは、恐喝の故意、恐喝行為、畏怖と金銭交付との因果関係のすべてにわたって事実を誤認するものである、というのである。

しかしながら、原判決が罪となるべき事実として、被告人がほか二名と順次共謀のうえ、日立セメント株式会社に対して同社のセメント納入先である横山産業株式会社での労使紛争に関して金銭解決を求めた挙句その系列会社の日立コンクリート株式会社の戸田橋、葛飾、押上の各工場において生コンクリート出荷の妨害などに及び、日立セメント株式会社の者をして右要求に応じなければ同社及び系列会社の営業上に多大の損害を蒙るものと畏怖させて、同社から金一三〇〇万円の振込入金による財産上不法の利益を得た旨認定判示するところは、原判決挙示の証拠によって正当として是認することができ、当審における事実取調の結果によってもなんら左右されるところはない。

所論は右日立コンクリート株式会社各工場における被告人らの所為は、被告人が書記長を勤める全日本運輸一般労働組合東京地区生コン支部による宣伝活動であり、しかもこれによって現実に出庫に支障を生じたミキサー車の数はさして多くないうえ、日立セメント及び日立コンクリートの両社においては予め代納の措置を講じるなど右宣伝活動に有効に対処していて、両会社の者が畏怖した事実はなく、右宣伝活動と金銭交付との間に因果関係もない旨主張するが、証拠によれば、原判決が罪となるべき事実において認定した如く、全日本運輸一般労働組合東京地区生コン支部が横山生コン分会と横山産業株式会社の間で生じた労使紛争を解決するため、横山産業に特約販売店東信建材を通じセメントを販売している日立セメント株式会社に対して金銭解決を申し入れ八〇〇万円の支払を求めていたが、話合いがはかばかしく進まないところから、東京地区生コン支部書記長の被告人が同支部副委員長の志村徳二と協議のうえ、所属組合員をして日立セメントの系列会社である日立コンクリート株式会社の工場に赴かせて、コンクリートミキサー車の運転手らに対する働きかけを行ない、これによって同社工場における生コンクリートの出荷業務を停滞させるなどして、日立セメントに対し前示の金銭解決に応じないときはどのような事態に至るかも知れないとの態度を示すことにより、右金員の支払を日立セメントにさせるという方針を決め、これに基づき所属組合員らが昭和五七年二月一七日に日立コンクリート戸田橋工場に赴き、次いで生コン支部委員長植草泰二も被告人らとの間で右行動に出ることにつき意を通じ、更に所属組合員が同月一八日に同社押上工場及び葛飾工場、同月一九日同社押上工場にそれぞれ赴き、いずれも出庫しようとしたコンクリートミキサー車の運行を妨げるなどしたことが認められ、その実情は原判決が「弁護人の主張に対する判断」の第一の五において詳細に判示しているとおりであり、これを要するに、右の間に出庫できたコンクリートミキサー車は、二月一七日戸田橋工場において約一時間半の間に二台、同月一八日押上工場において約四時間二〇分の間に三台にとどまり、一方葛飾工場においては約一時間半にわたって出庫を見合わせ、また同月一九日押上工場において約二時間半の間に一台が出庫したのみであるという状態を余儀なくされ、これがため日立コンクリートではコンクリートミキサー車による建築工事現場への生コンクリートの円滑な出荷が阻害されて、急遽他に振替搬入を依頼せざるを得ないような事態まで生じたものであって、生コンクリートを用いる建築工事現場では、生コンクリートの供給がコンクリートミキサー車によって連続的に行われることが工程上必須のものである事情にあることをあわせ考えると、所論が、二月一七日の出庫の遅れは二台のみで、しかも規定の九〇分以内に納入先現場に着いているとか、同月一八日の出庫の現実の遅れは二台のみで、しかもその遅れも一五分程度であり、三台目は昼休みで出庫を見合わせその後支障なく出庫しているとか、同月一九日は一台が一五分遅れて出庫したのみであるとかいい、出庫に支障があったとされるミキサー車の数がさして多くはない旨を主張するところは、前叙した生コンクリート打ちの実際にそぐわぬ論であって採用の限りでなく、右の如き事態につき日立セメントの代表者であり日立コンクリートの代表者をも兼ねている株木正郎が原審において、「生コンの仕事で一番ポイントになるのは品質のよい生コンを製造し供給する、そして需要家が一番欲しいジャストタイムにこれを届けるというのが二本柱のようなものである。これが妨害によってできないということは、需要家すなわち建設業者からいえば、大変な手違いが生じ、工期、工程、コストの面でコンクリート打ちを段取りしているのに手待ちをさせられ、色々な面でのロスを生じるわけで、これは理由の如何を問わず生コンを供給する者の信用をなくすということになるのであって、致命傷といってもいいのではないかと思う。そこで自分の会社は自分の手で守る以外にないというような気持から金銭解決もやむを得ないとの考えになった。社内には金銭解決は筋が違うから応じるべきでないという強い筋論の意見もあった。しかし日立コンクリートは生コンを始めて二〇余年の割合長い歴史を持ち、かつ非常に誠実な仕事を続けて来て、長年にわたり得意筋から信用を得て来ている。ここで筋論を押し通して得意筋に迷惑をかけ、その信用をなくすということは私自身としては非常につらい思いがして、敢えて金銭解決の道を選んだ」旨供述するところは、生コンクリート業の実際をふまえ、被告人らの日立コンクリート各工場における出荷妨害などの所為が同社の営業の死命を制しかねないものであることを明らかにしたうえ、このような被告人らの所為に直面した会社の者の苦悩が如何に大きかったかを如実に吐露しているものということができ、右の事態を生じさせた被告人らの所為をもって所論のいう如き単なる宣伝活動に過ぎないとは到底いえず、日立セメントにおいてはこのような日立コンクリートでの状況を続けることによって営業上多大の損害を蒙るに至るのを怖れ、被告人らのいう金銭解決の要求に応ぜざるを得なくなったものと認められる。

所論は、被告人らが一三〇〇万円の振込入金を受けるに至ったことにつき、被告人らの所属する生コン支部が横山産業との間の労使紛争解決のため同社にセメントを供給しているセメントメーカーの協力を要請するのは労働組合の活動として社会的に正当性を有しており、その解決の方法として金銭賠償がとられることになったのである旨いうが、生コン支部が日立セメントに対して要請した内容は、横山産業が行なった不当労働行為を謝罪させる、原状回復として横山分会を再建させる、不当労働行為によって生コン支部が蒙った損害を回復させる、といういずれも同支部が横山産業との間で解決すべき労使紛争についてのもので、しかも日立セメントないし日立コンクリートの従業員には生コン支部に属する者のいないことが証拠上明らかであり、日立セメントは単にその製品のセメントを特約販売店を通じて横山産業に販売しているという関係にあるに過ぎず、また日立コンクリートは日立セメントの生コンクリート販売部門にあたるもので、いずれも生コン支部とはなんら労使の関係にないことを徴すれば、生コン支部の組合員が日立コンクリートの各工場において前叙の如きコンクリートミキサー車の出庫を阻害する所為に出たことをもって所論のいうような労働組合の活動として社会的に正当な行為であるとは到底認められない。更に所論が、日立セメントの交渉担当者が八〇〇万円での金銭解決に同意していたとか、日立コンクリート各工場への宣伝活動は会社側が右合意を破棄するような態度をとったことに対する抗議であるとか、一三〇〇万円の金額決定は従前の合意金額のほかに会社側が交渉を中断させたことについての制裁を加味したもので社会的相当性を有するとかいうところも、原審で取り調べた証拠のほか当審における事実取調の結果をあわせて検討するも、日立セメントが二月四日ないし同月一二日までの間、更にはその後同月一六日までの間において被告人らに対する八〇〇万円の支払に同意するに至っていたとの事実は認められず、その後日立セメントに右八〇〇万円の支払を強要するためなんら労使の関係にない日立コンクリートの各工場でコンクリートミキサー車の出庫を阻害するに至った所為がその行為態様に照らして社会的に許されず正当性を有しないことは明らかであるうえ、日立セメントが一三〇〇万円の送金に至ったのは前示の経過に明らかな如く日立コンクリート各工場における被告人らの所為に畏怖したことによるものであり、更にその金額が日立セメントに対する制裁を加味したものであるという点も、会社側がこれに応じるに至った前示の経過に照らせば被告人らの一方的な理由付けに過ぎず相当性を有するとはいえないものであって、所論のいうところはいずれも本件が恐喝罪の成立を妨げ得る事情とはいえない。

右のほか所論が被告人に恐喝の犯意、恐喝行為、畏怖と金銭交付との因果関係のないことを縷々主張するところにつき検討するも、原判決に所論のいう如き事実の誤認は存しない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用につき同法一八一条一項本文により被告人に負担させることとし、主文のとおり判決をする。

検察官 青野眞治 公判出席

(裁判長裁判官 佐野昭一 裁判官 渡邊一弘 裁判官 近江清勝)

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